パドレスを揺らした「サイドラー家のお家騒動」 ピーター氏急逝から妻と兄弟の訴訟、39億ドル売却まで

2026/08/18

MLB 野球

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この記事を書いた人:Toto

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サンディエゴ・パドレスを巡る一族の争いが、ひとつの区切りを迎えようとしている。

MLBは2026年8月17日、全オーナーによる投票で、投資家ホセ・E・フェリシアーノ氏と妻でビジネスパートナーのクワンザ・ジョーンズ氏らが率いるグループへのパドレス売却を全会一致で承認した。

球団の評価額は39億ドル(約5,700億円規模)。MLB球団の取引として過去最高額となる。正式なクロージングは今後数週間以内に行われる予定で、フェリシアーノ氏が新たな「Control Person(球団を代表する支配オーナー)」となる。

だが、ここに至るまでの約3年間、パドレスのオーナー一族では激しい内部対立が続いていた。

発端は、球団を「勝つために金を使うチーム」へ変貌させたピーター・サイドラー氏の突然の死だった。


「サンディエゴに優勝を」――球団を変えたピーター・サイドラー

パドレスのオーナーとして大型投資を続け、球団を優勝争いのできるチームへと変えたピーター・サイドラー氏。2023年11月、63歳で死去した。


ピーター氏は、ドジャースの名物オーナーとして知られたウォルター・オマリー氏を祖父に持つ。

投資会社Seidler Equity Partnersの共同創業者でもあり、2012年にロン・ファウラー氏らとともにパドレスの買収に参加。2020年シーズン終了後に球団のControl Personとなった。

ピーター体制でパドレスは、それまでとは一線を画す積極投資に踏み切った。

スター選手を次々と獲得し、高額契約も辞さない。

「大市場球団でなければ勝つために大金を使えない」という従来の常識に挑むような経営で、パドレスをワールドシリーズ制覇を現実的に狙える球団へ押し上げた。

ところが2023年11月14日、ピーター氏は63歳で死去した。

妻シール氏と3人の子供、そして9人の兄弟姉妹らが残された。

球団にとって大きな問題となったのが、

「ピーターの死後、誰がパドレスを支配するのか」

だった。

妻に直接渡されたわけではなかった「球団経営権」

関係図



ピーター氏の妻シール・サイドラー氏は、夫の遺産・信託の主要な受益者だった。

しかし、ここで「妻が遺産を相続するのだから、そのまま妻がパドレスのオーナーになる」とはならなかった。

ピーター氏は生前、自らの信託について、後継受託者を兄弟から選んでいた。

その順番は、

ボブ(ロバート)・サイドラー

マット(マシュー)・サイドラー

ジョン・サイドラー

だった。

つまり、ピーター氏は妻や子供たちを経済的な受益者としながら、信託を実際に管理する役割については兄弟に委ねる仕組みを作っていた。

シール氏が後に提出した訴状でも、ピーター氏がボブ氏を信頼して後継受託者に指定し、その後をマット氏、ジョン氏が継ぐ設計だったこと自体は記されている。

さらに兄弟側によれば、ピーター氏がパドレスのControl Personとなった2020年、シール氏は、自分自身にはControl Personになる権利や指定する権利がなく、ピーター氏の死後も球団のControl Personによる支配を法的手段で妨げない趣旨の書面に署名していたという。

これだけを見ると、ピーター氏は妻をパドレスの直接的な経営後継者として想定していなかったようにも映る。

ただし、それが「妻を信用していなかった」ことを意味するかは分からない。

「妻と子供に資産として球団を残すこと」と「MLB球団の経営・支配を誰に任せるか」は別の問題だからだ。

実際、ピーター氏の死後、球団のControl Personをすぐ妻が引き継ぐことはなく、共同経営者だったエリック・クツェンダ氏が暫定的にその役割を担った。

兄弟もまた「ただの親族」ではない

この争いを理解する上でもう一つ重要なのが、ピーター氏の兄弟たち自身も相当な経済・経営基盤を持つ人物だということだ。

サイドラー家は、単に「大富豪ピーター氏の遺産を残された家族」という一族ではない。

母方は、かつてドジャースを所有したオマリー家につながる。

兄ジョン氏は、一族4世代の資産を管理するファミリーオフィス「O'Malley Seidler Partners」の会長兼CEO。

ボブ氏はピーター氏とともにSeidler Equity Partnersを創業した人物で、マット氏も同社のパートナーを務めてきた。

つまり、

資産家の兄が亡くなり、経済的に困った兄弟が遺産を奪おうとした――

という単純な構図ではない。

巨大な資産を持つオマリー=サイドラー一族内部で、信託、相続、MLB球団の支配権が複雑に絡み合った争いだった。

2025年1月、妻シール氏が兄弟を提訴

内部対立が一気に表面化したのが2025年1月6日だった。

シール氏はテキサス州の裁判所で、ピーター氏の兄弟であるボブ氏とマット氏を提訴した。

ここで注意したいのは、後にパドレスの会長となるジョン氏は被告ではないという点だ。

シール氏が問題視したのは、信託を管理する立場となったボブ、マット両氏の行為だった。

訴状では、受託者としての義務違反、自己取引、不適切な資産処分、必要な情報や分配をシール氏に提供していないことなど、極めて強い आरोपが並んだ。

シール氏側の主張を要約すると、

「ピーターは兄弟に、自分が亡くなった後は妻と子供たちの利益を守るよう託した。それなのに兄弟たちは、自分たちの利益を優先している」

というものだった。

そして争いは、パドレスそのものの支配権にまで及んだ。

「ピーターが本当に後継者にしたかったのは私」

シール氏側が大きな根拠として示したのが、ピーター氏が残していたとされる手書きのメモだった。

そこには、将来パドレスのControl Personとなる候補について、シール氏が最上位、その後に3人の子供たちが記されていたとされる。

一方、ジョン氏は8番目だったという。

シール氏はこれを、

「ピーターの本当の意思は、パドレスを妻と子供たちへ引き継ぐことだった」

という主張の根拠の一つとした。

ところが兄弟側は真っ向から反論した。

ピーター氏が正式な信託・相続計画で後継受託者として指定したのは、妻ではなく兄弟だった。

さらにマット氏側は、

「ピーターからシールをControl Person候補として聞いたことはない」

と主張。

ピーター氏の生前、シール氏が球団の役員、幹部、従業員などを務めたこともなかったと指摘した。

さらに兄弟側によれば、シール氏自身が2024年5月の段階では、

「ジョンがパドレスのControl Personとして最適」

という趣旨の発言をしていたという。

シール氏側はこれについて、「当初は受託者やControl Personが自分たち受益者の利益のために行動すると考えていたが、その後問題を知り、自ら役割を担う必要があると判断した」と反論している。

双方の言い分は完全に食い違った。

ジョン・サイドラーが球団トップへ

こうした中、パドレスの経営を引き継いだのがピーター氏の兄、ジョン・サイドラー氏だった。

ジョン氏はピーター氏の「eldest brother」、つまり最年長の兄で、2012年からパドレスのオーナーグループにも参加していた。

2025年、ジョン氏は正式にパドレスの会長兼Control Personに就任した。

これに対してシール氏は、ジョン氏をControl Personとする決定を取り消し、自分自身をその地位に就けることを求めた。

こうして争いは、

ピーター氏の妻・子供

ピーター氏が信託管理を託した兄弟

という、文字通りの「お家騒動」となった。

シール氏の訴訟は「パフォーマンス」だったのか

訴訟が表面化した当時、「本当に球団を経営したいのか」「遺産を巡る交渉を有利にするためではないのか」という見方も生まれた。

だが、現時点で訴訟を単なるパフォーマンスだったと断定する根拠はない。

そもそもシール氏が求めていたのは、Control Personの地位だけではなかった。

信託から受けるべき財産の分配、信託財産の会計、兄弟が行った取引の妥当性など、相続・信託を巡る経済的問題が大量に含まれていた。

つまり、

「誰がパドレスを経営するか」

と、

「ピーター氏が残した巨大な財産を、誰がどのように管理・分配するか」

という二つの問題が一つの訴訟の中で絡み合っていた。

その意味では、訴訟そのものが兄弟側との交渉で極めて強力なカードになったことは間違いない。

2026年2月、突然の「ほぼ全面和解」

大きな転機となったのが2026年2月だった。

シール氏と兄弟側は、大部分の争いについて解決することで合意。

シール氏は訴訟の大半の請求を取り下げた

しかも主要な請求は「with prejudice」、すなわち原則として同じ内容で再び訴えることのできない形で取り下げられた。

一方で残ったのが、

信託から適切な分配が行われていないという請求

と、

信託の完全な会計・情報開示を求める請求

だった。

ここは非常に興味深い。

当初大きく報じられた「私をパドレスのControl Personに」という支配権争いは事実上終結した一方、財産の分配と会計に関する争点は残ったからだ。

ただし、和解条件は非公開。

シール氏が何を得る代わりに主要な請求を取り下げたのかは、現在も分からない。

したがって、

「最初から金銭目的だった」

とも、

「球団を取り戻そうとして完全敗北した」

とも断定することはできない。

その裏で進んでいた「パドレス売却」

さらに重要なのが、訴訟が決着する前から、サイドラー家が球団売却に動いていたことだ。

2025年11月、サイドラー家はパドレスについて、球団の一部または全部の売却を含む「戦略的選択肢」を検討すると発表。

ピーター氏の死から、ほぼ2年後だった。

これはピーター氏が築いた「サイドラー家のパドレス」が永続するとは限らないことを意味した。

そして2026年2月、シール氏と兄弟側の法的対立の大部分が解消。

売却を進める上で大きな不確定要素の一つが消えた。

複数の買収候補が競う中、最終的に選ばれたのが、プライベート・エクイティ大手Clearlake Capitalの共同創業者ホセ・E・フェリシアーノ氏と、妻で投資家・慈善活動家でもあるクワンザ・ジョーンズ氏を中心とするグループだった。

2026年5月、サイドラー家と新グループが球団支配権の移転で正式合意した。

そして8月17日、MLBの全オーナーが売却を承認した。

評価額は39億ドル

MLB史上最高額の球団取引となった。

ピーター氏の「遺産」は消えるのか

新オーナーとなるフェリシアーノ氏とジョーンズ氏は、サイドラー家が築いた基盤を引き継ぎ、ワールドシリーズ制覇を目指す姿勢を示している。

球団の日常運営についても、CEOエリック・グループナー氏と編成本部トップのA.J.プレラーGMが引き続き担当する。

また、サイドラー家の一部メンバーは新たな所有体制でも少数株主として残ると報じられている。

したがって、「サイドラー家とパドレスの関係が完全に消滅する」というわけではない。

しかし、球団のControl Personはフェリシアーノ氏へ移る。

ピーター氏が率いた時代から続いてきた「サイドラー家がパドレスを支配する体制」は、事実上終わることになる。

妻と兄弟、どちらが「ピーターの意思」を守ったのか

この騒動を最も難しくしているのは、双方がともに、

「ピーターの意思を守るためだ」

という立場を取っていたことだ。

シール氏から見れば、

ピーター氏は自分と3人の子供たちにパドレスを残し、いつか家族が球団を引き継ぐことを望んでいた。

だから兄弟が球団の支配権を握ることは、その遺志に反する。

一方、兄弟側から見れば、

ピーター氏自身が法的な信託・相続計画を作り、ボブ、マット、ジョンの順で兄弟を後継受託者に指定した。

妻を受託者に指定しなかったのもピーター氏自身の判断だった。

だからこそ、自分たちが信託を管理することこそピーター氏の残した仕組みに従う行為だ――ということになる。

どちらがピーター氏の「本当の意思」を正確に表していたのか。

本人が亡くなっている以上、その答えを完全に確かめることはできない。

そして最終的には、妻でも兄弟でも子供たちでもなく、新たな外部オーナーがパドレスの支配権を握るという結末になった。

39億ドルで幕を閉じる「サイドラー家のパドレス」

2023年 本拠地の献花台を訪れ、花束を手向けた後に合掌するダルビッシュ (右) =サンディエゴ ユニオントリビューン提供、AP


ピーター・サイドラー氏は、パドレスを大きく変えた。

潤沢な資金を投入し、スターを集め、「サンディエゴでも本気でワールドシリーズを狙える」という期待をファンに植え付けた。

その一方で、彼の死後に残された信託と球団支配の仕組みは、妻と兄弟の激しい法廷闘争を生むことになった。

2023年11月、ピーター氏死去。

2025年1月、妻シール氏がボブ、マット両氏を提訴。

2025年、兄ジョン氏がパドレスのControl Personに就任。

2025年11月、サイドラー家が球団売却の検討を開始。

2026年2月、シール氏と兄弟側が訴訟の大部分を解決。

2026年5月、フェリシアーノ、ジョーンズ両氏らへの売却で合意。

そして2026年8月17日、MLBが39億ドルの売却を全会一致で承認した。

ピーター氏の死から2年9か月。

パドレスを巡ったサイドラー家のお家騒動は、結果として球団そのものが一族の支配を離れるという形で終幕へ向かっている。

ただし、これは「兄弟が勝った」「妻が負けた」と単純に整理できる物語ではない。

ピーター氏の妻と子供たちは信託の受益者であり、兄弟たちはピーター氏自身から信託管理を託された人物だった。

そして、その兄弟たちもまたオマリー=サイドラー家という巨大な資産家一族の一員だった。

家族に資産を残すこと。
球団を経営する人物を決めること。
そして、亡くなった人間の「本当の意思」を法的文書から読み解くこと。

パドレスを巡る一連の騒動は、この三つが必ずしも同じではないことを浮き彫りにした。

サンディエゴの球団は、まもなく新しいオーナーの下で次の時代へ入る。

ピーター・サイドラー氏が果たせなかった「パドレスのワールドシリーズ制覇」という夢もまた、新たなオーナーへと引き継がれる。