なぜ私はF1に戻ってきたのか
バチバチのタイトル争いと、あのアブダビの衝撃。
第1話きっかけは「戦い」だった
中学生の頃、その年のF1は異様に面白かった。
レッドブルの若きエース、セバスチャン・ベッテル。
そして前年王者、ジェンソン・バトン。
タイトルを巡るバチバチの戦いが、まず自分をハマらせてくれた。
衝撃アブダビで完全に堕ちた
その後に来た決定打が、アブダビの衝撃。
緑が印象的な配色、人工照明の雰囲気、そしてピットレーン復帰の立体交差。
「F1って未来じゃん」——あの感覚は今でも残っている。
時代KERS導入期の濃さ
当時はKERS導入期(いまのERSの前身みたいな時代)。
ベッテルとウェバーのレッドブルがいて、アロンソ、ハミルトン、ヒュルケンベルグが走っていた。
さらに、シューマッハ復帰という「歴史の続き」まで見られる濃さ。
推しザウバーと小林可夢偉
自分がF1を見始めた頃から、ザウバーはずっと好きなチーム。
カラーリングが変わっても、あの頃の記憶は残る。
小林可夢偉の表彰台は、今でもアツい。
転機2020年、価値観が変わった瞬間
違う意味での衝撃が、2020年のグロージャンの事故。
炎と破壊の映像に「終わった」と思ったのに、彼は自分の足で出てきた。
ヘイローが肯定された瞬間。
技術は、命を救う。
再点火2025年、角田裕毅が戻してくれた
そして2025年。
角田裕毅がレッドブルに昇格したニュースで、熱が一気に戻ってきた。
正直「ええ??!」だった。アルファタウリ/レーシングブルズの時期は、そこまで追えていなかったから。
でも日本人ドライバーは、手放しで応援できる存在。
今年はリザーブという立場でも、まだまだいけると思っている。
理由なぜF1なのか
昔は、オーバーテイクの瞬間が楽しかった。
いまは、人・技術・戦略・天候・レギュレーションが絡み合って勝負が決まるのが面白い。
特にタイヤ戦略はアツい。アンダーカット/オーバーカットは「表面上の順位」ではないから、知らない人には伝わりにくい面白さがある。
結論私にとってF1とは
娯楽であり、競技であり、思考トレーニングであり、日常の逃げ場。
仕事から帰ったら観たい。早く帰って観たい。有休を取って決勝を観たい。
そして、いつか子どもとも一緒に楽しみたい。

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